江戸菓子の系譜をつなぐ
−秋田大館の羽二重餅

 秋田大館で生まれた和洋折衷の新感覚和菓子に羽二重餅があります。とはいえ羽二重餅といえば、福井の越前羽二重餅が有名です。しかし羽二重餅は、江戸時代後期には既に江戸の町で人気菓子の地位を得ていました。

 時代をさかのぼれば、文化10(1813)〜文政6(1823)年に出版された滑稽本『浮世床(うきよどこ)』に、江戸の町を歩く菓子売りが「羽二重もち」と声を張り上げながら売り歩いたと記されています。また江戸時代の有名な菓子製法書『菓子話船橋(かしわふなばし)※1』(天保12(1841)年)にも、「薄皮五色羽二重餅 紅白青黄」と書かれています。該当部分を少しだけ引用してみましょう。

 
 「黄色ハ山梔子・・・(中略)・・・・・餡とても小倉、白餡、形(なり)も何れ(いずれ)にも出来る也。至って上品にて、風味よきは皆知玉ふ所(みなしりたまうところ)なり」

  この漢字表記におおらかな該当部分を直訳すると「黄色はクチナシ・・・・(中略)・・・・餡は、小倉餡でも白餡でもよく、菓子のデザインも自由に出来ます。上品な風味は、皆が知っています」程度の意味でしょうか。

 『菓子話船橋』の羽二重餅部分が面白いのは、その初めから自由に作ってよいとされていたことです。加えて「羽二重」という高級絹織物の名前を菓子のネーミングに使ったことが成功を収めているとも、読み取れることです。

  2002年11月、最も自由で他に類を見ない羽二重餅が秋田県大館市で考案・販売開始されました。考案者は、羽二重旦那こと山田桂月堂4代目。羽二重餅との出会いは、修行先の金沢でのひょんなきっかけだったそうです。

 4代目考案の羽二重餅は、色鮮やかな和洋ミックス有り、イタリアンテイスト有り、大館特産品をふんだんに使った地元テイスト有りです。この自由さが、くしくも江戸時代後期の「薄皮羽二重餅 紅白青黄」と通底していることに驚きを感じます。もしかしたら、時代を超えた菓子職人どうしのsynchronicity※2があったのかもしれません。大館の羽二重餅は、江戸菓子の系譜をつなぐ菓子と言ってよいのかもしれません。いずれにしても、店100年の伝統を礎に生ままれた和洋折衷の新感覚和菓子なのです。

 いかがでしょうか。ご家族揃ってのだんらんに、お友だちとお茶するときのお菓子として羽二重餅を選んでみませんか。冷凍保存が利く、山田桂月堂の羽二重餅はクロネコヤマトのクール宅急便にて全国どこにでもお届けします。

 ※1『菓子話船橋』は、江戸深川佐賀町にあった菓子の名店船橋屋の主人、船橋屋織江(ふなばしやおりえ)による著作。
 ※2synchronicity(シンクロニシティ)。「意味のある偶然の一致」という概念。「共時性」と訳される。曖昧な意味を回避するため、英文表記とした。

参考URL 国文学研究資料館
http://www2.dhii.jp/nijl_opendata/NIJL0324/049-0065/